【レポート】「ニューカレドニア・マレ島における「食べる」ヤムイモと「贈る」ヤムイモ」(増田桃佳)
2024.10.10
日本語研究活動
ニューカレドニア・マレ島における「食べる」ヤムイモと「贈る」ヤムイモ
増田桃佳(東京大学大学院医学系研究科国際保健学専攻)
キーワード:自給的農業、贈与交換、食生活、社会的つながり
要旨
近代化が進む中、根菜類の栽培を中心としたオセアニア地域の自給的農業はどのように変化しているのだろうか。オセアニアで最も市場経済が浸透している地域の一つであるニューカレドニアでは、ヤムイモを中心とする農業が現在も盛んに行なわれている。しかし、輸入食品の普及によりヤムイモの食料としての重要性は低下しており、農業の目的は儀礼において贈与するヤムイモの生産に偏りつつある。本来、食糧生産を主目的とする農業が、社会的役割に偏重するニューカレドニアの事例を研究することで、現代における自給的農業の役割を明らかにしたい。
背景と目的
ニューカレドニア先住民カナック社会は、しばしば「ヤムイモの文明」と呼ばれる。ヤムイモは「伝統的な」主食であるだけでなく、婚儀や葬儀における最も重要な贈与品であり、土地/祖先/他者とのつながりを象徴する神聖な作物とされている。18世紀における西洋人との接触以降、カナック社会におけるヤムイモのあり方は大きく変化したものと思われる。市場経済化に伴い、米をはじめとする輸入食品が普及し、食卓におけるヤムイモの消費は減少している。一方で、今もなお贈与品としての価値は維持されており、婚儀においては数百本のヤムイモが贈与される。そのため、食料としての重要性が低下した現在も、ヤムイモはカナックの間で盛んに栽培されている。本調査は、ニューカレドニア・マレ島において、「食べる」ヤムイモと「贈る」ヤムイモの実態を明らかにすることを通じて、近代化が進んだ現代のオセアニア地域における自給的農業の役割を明らかにすることを目的とする。
調査結果の概要
今回の調査では、「食べる」ヤムイモと「贈る」ヤムイモの区別に着目して聞き取りと観察を行なった。「食べる」ヤムイモと「贈る」ヤムイモは、主に品種と見た目を基準として区別される。「贈る」ヤムイモは、「本物のヤムイモ」と呼ばれる象徴的価値の高い古くから存在する品種が適切とされており、大きく、表面が滑らかで毛の少ないヤムイモが好まれる。一方、新しく普及した品種など象徴的価値の低いヤムイモや、小さくて表面がボコボコしている見た目の悪いヤムイモは、贈与品には向かず、食用とされる。象徴的価値の高い品種でも、見た目が悪ければ食べられ、反対に、新しい品種でも見た目が良ければ贈ることもあるなど、最終的な区別は収穫後に見た目を加味して行なわれる。また、栽培する時点からこの二者はある程度区別されている。「食べる」品種のヤムイモと「贈る」品種のヤムイモをそれぞれ別の畑に植えたり、イノシシによる獣害の恐れがある場合は、「贈る」品種のヤムイモを畑の中心部に植え、その周囲に「食べる」品種のヤムイモを植えることで、「贈る」品種のヤムイモを守るという対策が取られている。また、「贈る」品種のヤムイモを植える際は、イモが大きく育つように、深い穴を掘って地中に張り巡らされている根を丁寧に取り除いていた。
このように、今回の調査では、「食べる」ヤムイモと「贈る」ヤムイモが認識の上で区別され、異なる方法で栽培されていることがわかった。次回以降の調査では、「食べる」ヤムイモと「贈る」ヤムイモの生産/消費/贈与を詳細に調べる予定である。また、オセアニア地域では、近代化に伴う肥満やメンタルヘルスの低下などの健康課題が社会問題となっているが、近年、自給的農業の健康効果が着目されている。ヤムイモの消費と栄養素摂取量・肥満との関連や、ヤムイモの贈与と社会的つながり・メンタルヘルスとの関連についても着目することで、ヤムイモ栽培を軸とした自給的農業の、地域の健康課題への貢献も明らかにしたいと考えている。
写真1:婚儀におけるヤムイモの贈与
写真2:バールを使い、ヤムイモを植えるための穴を掘る若い男性たち
参考文献
Lormée, N., Cabalion, P., Hnawia, É.S. (2011). Hommes et plantes de Maré. IRD Éditions.
Dubois, M.J. (1971). Ethnobotanique de Maré, Iles Loyauté (Nouvelle Calédonie). Journal d’agriculture traditionnelle et de botanique appliquée, 18, pp.222-273.