【レポート】フィジー・ラウ諸島における外洋漁業航法 (西尾悠太)
2026.3.22
日本語研究活動
フィジー・ラウ諸島における外洋漁業航法
西尾悠太(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 東南アジア地域研究専攻)
キーワード:航海術、環境認識、身体知、外洋漁業、海洋資源へのアクセス
要旨
筆者は、フィジー共和国ラウ諸島ラケンバ島において、外洋漁業に従事する漁師を対象にインタビュー調査と参与観察を行った。ラウ諸島はフィジー共和国の最東端に位置し、最南端のオノイラウ島まで、航海術の独自の知識が卓越している。調査の結果、漁師たちが島の地形を利用したヤマアテや天体・風・雲・潮流といった様々な自然環境の手がかりを複合的に用いて外洋環礁へ航海していることが明らかになった。これらの在来の知識はGPSなどの現代技術と併用される形で実践されている。
背景と目的
太平洋島嶼地域における在来の航海術は、ポリネシアやミクロネシアを中心に研究蓄積がある。一方、フィジーのラウ諸島のような島嶼地域においては、包括的な民族誌は散見されるものの、漁撈や航海術については十分な研究が為されていない。ラウ諸島では近年、ファイバーグラス船や大型船外機の普及に伴い、島周辺の漁場を超えた外洋環礁への出漁が日常化しつつある。この外洋漁業において、漁師たちは地形・天体・風・潮流といった自然環境の手がかりを複合的に読みながら航行しており、そこには在来の生態知とGPSなどの現代技術とが併存する独自の知識体系が形成されている。本研究では、こうした航法知識の実態を記録し、その構造と変容を分析することを目的とする。今回の調査では、ラケンバ島に滞在し、外洋漁業に従事する漁師への聞き取りと外洋漁での参与観察を行った。
調査結果の概要
本調査では、ラウ諸島・ラケンバ島の村に滞在し、外洋漁業に従事する漁師への半構造化インタビューと参与観察を実施した。ラケンバ島の漁師は島から離れた外洋の環礁で漁を行うが、これはファイバーグラス船や大型船外機の導入によって可能になった比較的新しい生業であり、島周辺の魚の減少に伴い外洋への出漁が一般化した。
環礁への航行ではまず「ヤマアテ」(トランジット・ライン)が用いられる。島上の丘や岬、サンゴ礁が特定の配置に重なって見える角度を船尾方向から確認しながら直進する方法で、漁師は繰り返し後方を振り返ることで航路を保つ。
夜間の航行では天体が方角の基準となる。出漁直後にまず恒星を一つ指定して目印とし、その方向に船首を向けて直進する。帰路にはIri Mbuliと呼ばれるひし形の星座が主に用いられ、四方の角の位置関係から進行方向を判断する。また明けの明星・宵の明星は「動く星(惑星)」として認識され、その出没方角が航行の目印となる。
航行には風・雲・潮流といった気象海象の読みも欠かせない。風向は季節ごとに卓越方向が異なり、漁師はその変化を身体感覚で把握している。曇天でも波と風の向きから進行方向を推定できる者がおり、島が視認できない距離でも山にかかる雲の色から方角を知ることができる。潮流の渦は天候悪化の前兆、夜間の水平線の赤みは翌日の荒天、星のまたたきの明瞭さは好天の兆候と判断される。
こうした在来の生態知は現在GPSと併用されており、好天の日中は生態知のみで航行し、夜間や悪天候時にGPSを補助的に参照する使い分けが確認された。他方、生態知の内容は個人差が大きく、同じ環礁を目指す場合でも目印とする地形や星が異なるなど、個人の経験に深く根ざしている。この差異には村人同士の知識の秘匿も関わっている。
今後は、ヤマアテに用いる地形やGPSログとの照合、天文ソフトによる天体利用の検証を進めるとともに、航法知識の個人差・秘匿と共有の規範・世代間変容について調査を深めたい。



参考文献
Gladwin, Thomas. 1970. East Is a Big Bird: Navigation and Logic on Puluwat Atoll. Cambridge: Harvard University Press.
Lewis, David. 1972. We, the Navigators: The Ancient Art of Landfinding in the Pacific. Honolulu: University of Hawaii Press.
Hocart, A. M. (1929). Lau Islands, Fiji (No. 62; Issue Bernice P. Bishop Museum bulletin). Honolulu : Bernice P.Bishop Museum.