海域アジア・オセアニア研究
Maritime Asian and Pacific Studies
京都大学拠点

文字サイズ

【レポート】「ミクロネシア連邦ポンペイ州におけるバショウ属栽培作物とその利用」(小谷真吾)

【レポート】「ミクロネシア連邦ポンペイ州におけるバショウ属栽培作物とその利用」(小谷真吾)

2024.4.15

日本語研究活動


ミクロネシア連邦ポンペイ州におけるバショウ属栽培作物とその利用 

小谷真吾(千葉大学文学部)

キーワード:バショウ属栽培作物、バナナ、フェイバナナ、ドメスティケーション、環境利用実践

 

要旨

 本研究は、ミクロネシア連邦ポンペイ州のバショウ属栽培作物の品種を同定し、他地域の品種との方名、表現型の異同を確認することを目的とした。果実に対する観察に基づいて11の品種が同定され、その利用も多様であることが明らかになった。また、方名の由来を考察するだけでも、ポンペイ州への品種導入の多層的な歴史が推定された。植物体全体の観察による表現型分析と、DNA解析に基づく遺伝型同定および系統樹作成によって、方名、遺伝型、表現型の異同を正確に調査する必要がある。

 

背景と目的

 ミクロネシア連邦の複数の島嶼を含むオセアニア全域において、Musa acuminataMusa balbisiana2種に由来する同質倍数体あるいは交雑倍数体 (いわゆるバナナ) の品種、および別種Musa fehiに由来するフェイバナナの品種が多く栽培されいる。オセアニアのバショウ属栽培作物の多様性は、農耕の起源やドメスティケーションについて、また現在の環境利用実践の多様性について考えるための貴重な研究対象であると考えられる。一方、オセアニアには多様な言語が存在し、それぞれの言語におけるバショウ属栽培作物品種の方名はそれぞれ異なっている可能性があり、方名、遺伝型、表現型の異同は全く整理されていない。本研究は、ミクロネシア連邦ポンペイ州のバショウ属栽培作物の品種を同定し、すでに知見の得られているオセアニア他地域の品種との方名、表現型の異同を確認することを目的とする。その上で、遺伝型の異同の確認に必要なサンプル採取の実現性について検討することも目的とする。

 

調査結果の概要

 Englbergerらの先行研究によるポンペイ州のバショウ属栽培作物の品種分類がすでにあり、42の在来品種(あるいは方名)が挙げられている。また近年海外から導入された品種が8あり、合計50品種が現在ポンペイ州に存在するとしている。本調査では、その内、AkadahnDaiwangIhpeliKaratMangat en SeipahnUtin IapUtin KerenisUtin LihliUrin RukUtin WaiUtin Kapakap11品種の果実を観察することができた。なお、偽茎、葉、花房を観察することができなかったので、表現型についての正確な同定はできなかった。

 果実を観察した結果によると、上記11品種は下記のカテゴリーに分類される。なお、バナナは一般的にMusa acuminata由来の染色体をAMusa balbisiana由来の染色体をBと表記することによって、AAAABBなどの遺伝型・表現型を総合したカテゴリーに分類される。

 

(1)ゲノムタイプABBと推定され、基本的に調理を伴う在来の料理バナナ:Utin LihliUrin RukUtin Kapakap

(2)ゲノムタイプAABと推定され、基本的に調理を伴う在来の料理バナナ:IhpeliMangat en Seipahn

(3)ゲノムタイプAABと推定され、基本的に生食される在来のデザートバナナ:Utin Kerenis

(4)ゲノムタイプAAAであり、明らかに19世紀以降導入されたデザートバナナ:AkadahnDaiwangUtin Wai

(5)フェイバナナ(Musa fehi)と推定される品種:KaratUtin Iap

 

 先行研究でも指摘されているが、方名と品種の正確な区別は容易ではなく、例えばUtin Waiは、バショウ属栽培作物の一般名称Utinに「白人の」あるいは「白い」を意味する「White」が付けられたAAA品種の総称と推定される一方、特定の品種を指す可能性がある。また、Akadahnはフィリピンから導入されたLakatan(タガログ語方名)品種(AAA)であり、Daiwangは台湾から導入された、おそらくキャベンディシュと推定される品種(AAA)である。

 以上のように、果実に対する観察に基づく短期の調査においても多様な品種が同定され、その利用も多様であることが明らかになった。また、方名の由来を考察するだけでも、ポンペイ州への品種導入の多層的な歴史が推定された。植物体全体の観察による表現型分析と、DNA解析に基づく遺伝型同定および系統樹作成によって、方名、遺伝型、表現型の異同を正確にする必要がある。その上で、オセアニア他地域における品種と比較することによって、バショウ属栽培作物の分布と拡散、そして利用形態を明らかにする研究の展開が待たれる。

 

写真1:Utin Iap

 

写真2:Utin Kapakap

 

参考文献

Lois Englberger, Adelino Lorens, Amy Levendusky and Jeff Daniells, 2009, Banana: An Essential Traditional Crop on Pohnpei, In Balick, M.J. et al. (eds) Pohnpei: Plants, People, and Island Culture, Univ. of Hawaii Press, pp. 89-131.