【レポート】「ヤムイモ祭りから見たヤムイモの栽培と消費」(増田桃佳)

2025.4.17
日本語研究活動 New
ヤムイモ祭りから見たヤムイモの栽培と消費
増田桃佳(東京大学大学院医学系研究科国際保健学専攻)
キーワード:農業、贈与交換、食生活、ヤムイモ
要旨
非都市部に居住するニューカレドニア先住民カナックは、ヤムイモ栽培を軸とした家族農業を主要な活動の一つとしている。ヤムイモは儀礼におけるもっとも重要な贈与品であるため、輸入食品が浸透した現代においては、農業の主目的は、食糧生産というよりも、贈与するためのヤムイモの栽培となっている。今回の調査期間中、初物のヤムイモの収穫を祝うヤムイモ祭りを体験した。祭りを通じて、ヤムイモが栽培段階から贈与に向いている文化的価値の高い品種とそうでない品種で区別されていること、ヤムイモは祭りの前後どちらにおいてもあまり食べられていないことがわかってきた。
背景と目的
フランス領ニューカレドニアはオセアニアで最もGDPが高い地域の一つであり、メラネシア系先住民カナックは市場経済に強く取り込まれている。一方で、非都市部に居住するカナックはヤムイモ栽培を現在も主要な活動の一つとしており、ほとんどの世帯が賃金労働や補助金から現金収入を得ながらヤムイモ栽培を行っている。過去の「くまぷすレポート」にも記述したように、この背景として、ヤムイモが贈与品として非常に大きな価値を持つことが挙げられる。元来ヤムイモは主食として日常的に食べられていたが、現在は市場経済の浸透により米やパンなどの輸入食品が主食として定着しているため、ヤムイモが食卓に上る機会は少なくなっている。本来、食糧生産を主目的とする農業が、カナックにおいては贈与品の生産に偏重していると考えられ、この事例を研究することで、現代オセアニアにおける農業の役割を明らかにすることが本研究の目的である。今回の調査では、非都市部のマレ島で、ヤムイモの栽培と消費についてデータ収集を進めた。
調査結果の概要
収集したデータに関してはまだ分析途中なので、今回の調査中に体験したヤムイモ祭りについて、ヤムイモの栽培と消費に焦点を当てながら紹介する。ヤムイモ祭りは2月から3月ごろに行われる初物のヤムイモを祝う祭りで、ニューカレドニアで全土的に見られるが、祭りの内容や時期には地域性がある。私が調査したマレ島ラ・ロッシュ地区では、2月末に2日間に渡って行われた。祭りの前日に初物のヤムイモを掘り(この時まで、昨年植えた新しいヤムイモを掘ることも食べることも禁止されている)、祭りの1日目には氏族単位でヤムイモを持ち寄り、地区の大首長に献上した。2日目はカトリック教会でヤムイモの「祝福(収穫を喜び、神に感謝すること)」が行われ、その後、各家で初物のヤムイモが食べられた。石蒸し料理をする家もあれば、茹でて食べる家もあった。
ヤムイモ祭りで献上・「祝福」されるヤムイモは、主にWadrawaと呼ばれ、Dioscorea alata(ダイジョ)に属する。ニューカレドニアで栽培されている品種のほとんどはDioscorea alataに属し、その中の分類に文化的価値の違いが存在する。Wadrawaは最も神聖で文化的価値が高く、ヤムイモを贈与する際は必ず1本は贈ることが望ましいとされており、最も早い時期に植えられ(6-7月ごろ)、最も早い時期から収穫が始まる(2-3月)。反対に、もっとも文化的価値が低いとされ、贈与に向かない外来の品種(Dioscorea alata/cayenensis/transversaなどを含む)は、11-12月ごろに植えられ、8-9月ごろに収穫される。このように品種によって植える時期が異なるため、植える品種と時期に応じて複数のヤムイモ畑を作るケースが多く、栽培の段階から品種の文化的価値による違いが見られることがわかってきた。食生活に関しては、ヤムイモを食べる頻度はヤムイモ祭りの前後に関わらず少なかった。祭りの前は、前年に収穫したヤムイモの残りがあれば食べていたが、腐っていたり、味が劣化していたりした。祭りの後についても、ヤムイモ祭り当日以外はあまりヤムイモを食べていなかった。その理由として、祭りの直後は、収穫できる品種が、収穫時期が早く、贈与に向く品種に限られていたことが考えられる。また、一般的にヤムイモは若い人にあまり好まれておらず、その上、調理に手間と時間がかかるので、ヤムイモの有無に関わらず米が好まれるという側面もあると考えている。本格的なヤムイモの収穫は6月ごろに行われるため、その時期の食生活も調査して季節性の検討をしたい。
写真1:ヤムイモ祭り1日目 大首長(紫のTシャツの人物)に初物のヤムイモの山を氏族ごとに献上する
写真2:ヤムイモ祭り2日目 カトリック教会でヤムイモを「祝福」する
写真3:ヤムイモ祭りの2日目の「祝福」の後に食べられた、茹でた初物のヤムイモ
参考文献
Dubois, M. J. (1971). Ethnobotanique de Maré, Iles Loyauté (Nouvelle Calédonie). Journal d’agriculture traditionnelle et de botanique appliquée, 18, 222-273.
Varin, D. et Brévart, J. (2006). L’igname en Nouvelle-Calédonie : espèces et variétés. Centre de documentation pédagogique de Nouvelle-Calédonie.