海域アジア・オセアニア研究
Maritime Asian and Pacific Studies
京都大学拠点

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【レポート】三重県志摩市における海女の泳法と環境認識(久我 英)

【レポート】三重県志摩市における海女の泳法と環境認識(久我 英)

2025.9.29

日本語研究活動


三重県志摩市における海女の泳法と環境認識

久我 英(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科東南アジア地域研究専攻)

キーワード:身体技法、在来泳法、海女漁、環境認識、ヤマアテ

 

要旨

 筆者は、身体技法による水域への適応の事例として、古くから地域に伝わる在来泳法に着目し、三重県志摩市及び鳥羽市において海女漁の調査を行っている。今回の調査では、志摩市御座地区の海女漁に同行し、水中撮影や聞き取りを行った。その結果、海女が潜行する時と海底にいる時で、顕著な足使いの違いが観察され、特に海底での姿勢維持能力がアワビの収量に影響する事が示唆された。海女漁が営まれる水中環境の大きな特徴は、3次元空間であること、そして常に水流の影響を受ける事である。海女漁の技術は、動的な3次元空間におけるナビゲーションと定位を核としており、ヤマアテを始めとする環境認識が高度な泳法と密接に関わっていることが明らかになった。

 

背景と目的

 本来人類の身体は、水中での活動に適していない。しかし人類は舟や筏といった水上移動の道具を発明するとともに,泳ぎという身体技法を生み出すことで水域での活動を広げてきた。このような観点から、各地の環境や生業に応じて多様に発達してきた在来的な泳ぎは、人類に特徴的な水域への行動適応を考察する上で貴重な遺産であるといえる。本研究では,身体を駆使して水中環境に挑む代表的な生業として素潜り漁に注目し、海女漁が盛んな三重県志摩市および鳥羽市において調査を行ってきた。素潜り漁では、手に道具や収穫物を持つ必要があるため、足の動きによって推進力を得たり、姿勢を維持したりする技術が発達する傾向がある。したがって今回の調査では、特に足使いに注目し、熟練海女の泳ぎや潜水の技法がどのような特徴を持ち、水中での生業技術としてどのような適応的意義を持つのかを解明することを目指した。

 

調査結果の概要

 本調査では、志摩市御座地区の海女漁に同行し、熟練海女2名の水中撮影を行った。その結果、水面にいる時、潜行する時、そして海底にいる時で、足の動作に使い分けがあることが観察された。潜行する時には、足を前後方向に開く、アオリ足やバタ足に近い技法が用いられていた。これらは一回で足ヒレの性質を利用して比較的大きな推進力を得られる技法であり、なるべく早く海底に到達するために選好されていると考えられる。一方で水面にいる時と海底にいる時は、休息や獲物を探すために、姿勢を安定的に維持する必要がある。したがって水面にいる時と海底にいる時は、体の安定性を高めるのに有効な、膝を左右方向に開く、カエル足や踏み足といった足使いが多用されていた。

 海女の身体技法において、収穫量に最も直接的に関わるのは、海底での獲物の探索の技術である。海女が最も狙うのは単価の高いアワビであるが、アワビは周囲の環境に擬態し、岩の裏や隙間に潜むため、見つけるのは容易でない。アワビをたくさん採るためには、まずアワビが好んで集まる地点を知っている必要があり、熟練の海女はヤマアテの技法によってその地点を記憶している。海女のヤマアテは、陸上地形と海底地形の双方を視ることによって行われる。海女はまず複数の特徴的な陸上地形の見え方から水面での位置を定める。そしてその水面の位置から潜行し、海底地形をたよりに目的の穴や岩の裂け目などにたどり着く。しかしながら、同じ場所を見ていても、視線を定め、然るべき角度から探さない限り、アワビは見つからない。これは波や水流、体の浮力が作用してなかなか難しいものであり、海底での姿勢維持能力がアワビの探索に不可欠であるといえる。海底で膝を左右方向に開き、水を細かく踏む技法は、姿勢の安定性を高めるとともに、水流に機敏に対応するための工夫として発達してきたのであろう。

 従来の研究においても、素潜り漁民の環境認識は検討されてきたが、平面的な理解に留まっていたといえる。今回の調査からは、波や潮の流れの影響を常に受ける動的な三次元空間の中で、位置・姿勢・視線を定める高度な身体技法と不可分な形で、海女の立体的な環境認識が成立していることが明らかになった。

 

写真1:海底での足使い

 

写真2:水面から見た潜水の様子

 

写真3:出漁風景

 

参考文献

秋道智彌. 1991.「連載スポーツ人類学アンソロジー13 オセアニアの水泳文化」『体育の科学』41: 313-317.

高橋そよ. 2018.『沖縄・素潜り漁師の社会誌』コモンズ.

吉村真衣. 2023.「海中における生業の技能とその意味――海女漁の道具と動作に注目して――」『2023年度日本建築学会大会(近畿) 農村計画部門 研究懇談会資料』1:37-40.