海域アジア・オセアニア研究
Maritime Asian and Pacific Studies
京都大学拠点

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【レポート】三重県志摩市・鳥羽市における海女の泳ぎ(久我 英)

【レポート】三重県志摩市・鳥羽市における海女の泳ぎ(久我 英)

2025.5.15

日本語研究活動 New


三重県志摩市・鳥羽市における海女の泳ぎ

久我 英(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究科東南アジア地域研究専攻)

キーワード:海女漁、素潜り、在来泳法、身体技法

 

要旨

 伊勢志摩で古くから続いてきた海女漁は、非常に高度な泳ぎの技法によって成り立っている生業である。本調査では泳法研究の観点から、海女への聞き取り及び海女漁の水中撮影を行った。海女の泳ぎは服装の変遷とともに大きく変化してきたが、一貫してアオリ足(足を前後に大きく開き、片足は足の甲で片足は足の裏で水を蹴る)に近い技法が用いられていることが確認できた。

 

背景と目的

 調査地の三重県志摩市及び鳥羽市は、非常に古くから海女漁が続いてきた地域であり、現代の日本においても最も海女漁が盛んな地域である。身一つで潜水して貝類などを採集する海女漁は、複雑な道具を必要としない漁法であるが、その分非常に高度な身体技法によって支えられているといえる。しかしながら海女が水中でどのような身体技法を用いて活動しているか、すなわち海女の泳法を具体的に検討した研究はほぼない。筆者は今回の調査に先立ち、ウェットスーツ・足ヒレ普及以前の古い日本の海女漁の写真を収集してきたが、そこでは海女が日本泳法でいうアオリ足によく似た足使いをしている点が興味を引いた。筆者は東南アジアの素潜り漁の動画との比較から、アオリ足系の足使いが日本の海女の泳法の特徴である可能性があると考えた。以上のような仮説をうけて、今回の調査では、海女の泳法の現状、そして彼女らがどのように泳法を習得したのかを把握することを目指した。長期的には、在来の泳法が地域の環境や生業との関連において、どのような適応的意義を持つのかを解明することが本研究の目的である。

 

調査結果の概要

 今回の調査では、志摩市の海女2名、鳥羽市の海女1名から詳しく聞き取りを行うことができた。またこのうち志摩市の海女1名の漁に同行し、潜水の様子を水中から撮影することができた。聞き取りでは、まずどのように泳ぎを身につけたのかを尋ねた。彼女らは小さい頃から海で遊んでいるうちに自然と泳ぎを習得しており、泳ぎを明示的なかたちで教わったことはなかった。しかし子供の頃に海でどのような泳ぎをしていたのかを尋ねたところ、カエル足(両足とも足の裏で水を押す)の平泳ぎをしていたとの回答が得られた。

また70代の海女への聞き取りからは、海女の泳法が服装の変遷とともに大きく変化してきたことが明らかになった。海女はかつて上下の木綿製の磯着を着ていたが、昭和30年代以降にゴム製のウェットスーツと足ヒレが使われ始めた。現在活動する海女のほとんどは、磯着での漁を経験していないが、過渡期に育った70代の海女からは技法上の違いを聞くことができた。彼女によれば足ヒレをつけると水面での移動はバタ足に制限されるが、磯着の場合はカエル足が使われた。またかつての海女は磯笛という、下唇を上唇で隠して笛を吹くように息を細く長く吐く独特の呼吸法を用いていたが、ウェットスーツの普及によりあまり見られなくなったようだ。これはウェットスーツを着用すると浮力が増すため、浮上したときに顔が水面から高く浮き上がるようになったことと関係しているらしい。

 海女漁の様子を撮影した動画からは、ウェットスーツ・足ヒレを着用した現代の海女もアオリ足に近い足使いをして潜水していることが確認できた。磯着の時代の海女漁ではカエル足とアオリ足の両方が状況に応じて使い分けられていたが、現代では足ヒレと親和的なアオリ足系の技法が残存していると考えられる。海女漁においてはできるだけ早く海底に到着することが重要であり、そのため真下へと垂直に潜る技術が発達している。カエル足は主に水平移動に有用である一方、アオリ足は垂直方向の沈降・浮上と関係が深いと考えられる。

 海女の泳ぎは、波や潮の流れにどう対応し、いかに獲物を多く捕まえるかという具体的な工夫の中で育まれてきたものである。今後はより微細に海女が直面しうる場面を理解・想定し、泳ぎとの関連を考えていきたい。

 

写真1:アオリ足を用いた潜水の様子

 

写真2:水面移動の様子

 

写真3:漁の収穫物

 

参考文献

石原義剛、前田憲司編. 2009.『目で見る 鳥羽・志摩の海女』海の博物館.

吉村真衣. 2023.「海中における生業の技能とその意味:海女漁の道具と動作に注目して」『2023年度日本建築学会大会(近畿)農村計画部門 研究懇談会資料』1: 37-40.