【レポート】「ソロモン諸島における海面上昇と暮らしの変化」(古澤拓郎)
2023.3.30
日本語研究活動
ソロモン諸島における海面上昇と暮らしの変化
古澤拓郎(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科)
キーワード:気候変動、生業、浸水、浸食、食生活
要旨
気候変動は人間の生存と健康に直接影響するほか、生態系の変化を通じて人間にも影響する。オセアニアの小島嶼国では海面上昇が人々の生活圏を脅かしたり、浸食・塩害を通じて畑や果樹の生産性を下げたりすることが考えられる。ソロモン諸島における村と町の調査から、場所によっては海水による浸食・浸水は人々の生活に支障をきたすレベルになっていることがわかった。食や健康の側面に明らかな影響はみられなかったが、村の食習慣や生業は生態系に依存していることからすると、いずれ海面上昇がそういう側面にも影響することが考えられる。
背景と目的
気候変動は世界的な問題であり、中でも海面上昇はオセアニアの小島嶼国に大きな影響を与えるとされる。その一方、実際に海岸浸食や沿岸浸水をうけたとされるのは都市部であり、それは海面上昇だけでなく沿岸の宅地化などの開発・人口増加が原因であるという報告もある。
ソロモン諸島の村や町は、そのほとんどが汀線部(沿岸部)にあるため、海面上昇が拡大した場合には移住するか、生活スタイルを大きく変化させるか、家屋やインフラに大規模な工事を施すかといった選択が必要になってくる。
本研究は、ソロモン諸島の村と町において、聞き取りと観察から海面上昇が人々の暮らしに与えた影響を明らかにすることである。特に食や健康にかかわる影響に着目する。そこから、今後人々が適応策を選択するときに必要な研究へとつなげる。
調査結果の概要
ロヴィアナラグーンにあり、町から離れたオリヴェ村では、全世帯が海面上昇を実感していると答えた。その理由は浸水と侵食であった。ある村人によると、家を建てたときはそのすぐ脇で畑を作っていたが、いまそこは水没しマングローブの貝(キバウミニナTerebralia palustris)が棲みつきはじめた。「おかずを取りに行く手間がなくなった」と冗談めかして話した。それ以外にも、浸水によりサガリバナなどの有用樹種が枯死していた。村内を貫く道は、潮汐によっては水没するようになっていた。すっかり海水に取り囲まれてしまった家もあった。この家も含めて、何軒もが数十~百数十メートルほど内陸に移動を計画したり、すでに移動したりしていた。2020年頃から、急激に進んだように感じるという意見があった。
写真1:周囲を海水に囲まれてしまった家
写真2:浸水によりヤシ類など一部を除いて植物が枯死した様子
町であるムンダでも、聞き取りをした世帯すべてで、海面上昇を実感しているという答えがあった。侵食により浜辺の樹木が倒れた、浜辺の家に住んでいて高潮時には床下まで浸水した、といった意見があった。町にある小規模な埠頭では、潮汐や天気によっては海水が被るようになっていた。今すぐ移動するという意見は聞かれなかった。ただし、ムンダは人口過密化や土地争議があるため、移動が容易ではないという背景もある。オリヴェ村では畑の収穫物であるサツマイモ、キャッサバ、アメリカサトイモなどが主食であったが、ムンダ町では輸入された米が主食であった。
写真3:船着き場が海水につかる様子
オリヴェ村とムンダは、筆者が22年前から調査してきた地域である。筆者の観察と比べても、海面上昇の影響は明らかであった。生存に直結する問題には至っていないが、村では生活に支障が出つつあった。