海域アジア・オセアニア研究
Maritime Asian and Pacific Studies
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【レポート】「パラオにおいてウェルビーイングをもたらす食習慣のあり方」(岡野美桜)

【レポート】「パラオにおいてウェルビーイングをもたらす食習慣のあり方」(岡野美桜)

2023.3.2

日本語研究活動


パラオにおいてウェルビーイングをもたらす食習慣のあり方

岡野美桜(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科)

キーワード:生活習慣病、輸入食品、入手可能性、嗜好品利用、ベテルチューイング

 

要旨

 太平洋諸国では、食生活を含むライフスタイルの近代化により糖尿病、心血管疾患、癌といったさまざまな生活習慣病が問題視されており、パラオもその例外ではない。本研究は、健康状態 (肥満などの生活習慣病) 、食生活 (芋や魚といった伝統的な食生活・輸入食品の摂取)、嗜好品利用 (タバコ・ベテルチューイング・酒などの使用頻度や社会的役割)について調査することで、ウェルビーイングをもたらす食習慣のあり方を問うものである。

 

写真1: ベテルチューイングに必要なベテルナッツ、石灰、キンマの葉などが入ったベテルナッツバッグ

 

背景と目的

 太平洋諸国における生活習慣病のリスクとして、タバコの使用や過度な飲酒、肥満を引き起こす不健康な食事や身体活動の不足などが挙げられる(Durand et al 2022)。実際にパラオでは、タバコやベテルチューイング、酒といった嗜好品利用が普及している他に、72.5%が過体重であると明らかになっている(Palau Government 2017)。また、世界平均の死因の63%が生活習慣病によるものであるのに対して、パラオではすでにその割合が70%以上となっており、生活習慣病関連の死亡率が上昇している(Palau Ministry of Health and Human Services 2015)。このことから、本研究では、生活習慣病を引き起こす要因のうち、パラオにおいて重要な肥満問題との関連が高い食生活と嗜好品利用に着目した。これらを栄養学的観点だけでなくさまざまな視点から研究し、パラオの健康状態改善に寄与することを目的とした。

 

調査結果の概要

 本調査では主に、食習慣に関する質問調査とベテルチューイングに関する聞き取り調査を行った。

 質問調査については、パラオにおける一般的な食習慣を把握することを目的に、まず質問票の作成を行った。質問票の内容は、基本情報、健康情報、食物摂取頻度、ウェルビーイング、ベテルチューイングに関するものである。この質問票を、都市部(コロール州)・農村部(アルモノグイ州など)と環礁島(カヤンゲル州など)で配布しデータを収集した。

 今後、都市と農村と環礁という観点で比較に用いる予定である。また、1週間滞在したカヤンゲル州では質問票によるデータ収集だけでなく、参与観察により食事記録を行うことができた。食生活を含むライフスタイルの近代化は、パラオ都市部から遠く離れた環礁島であるカヤンゲル州でも進んでいる様子が見られた。特に輸入食品への依存が顕著であり、2週間に1回の都市部への定期船を利用して米、パン、肉、缶詰、インスタント食品や菓子類をまとめ買いしていた。島には、タロイモ、魚、バナナやパパイヤといった入手可能性の高い食品が豊富であるにも関わらず輸入食品を積極的に消費しており、嗜好性の変化や調理の簡便さの重視などの要因が影響していると考えられる。

 聞き取り調査については、実際にベテルチューイングをしている人にインタビューを行った。ベテルチューイングは口腔癌(IARC 2004)などのリスク上昇との関連が報告されている一方で、嗜好品として日常的にたしなまれてきたものである。今回のインタビューでは、ベテルチューイングの文化的側面を明らかにすることを目的とした。ベテルチューイングを始めたきっかけなどの話を聞くうちに、ベテルチューイングはリスクがあることを知ってもなお、パラオの習慣として既に定着したものであるという認識が強いことが分かった。

 以上のことから、食品選択や嗜好品利用がどのようにしてウェルビーイングの実現に呼応するのか考察していく予定である。

 

写真2:スーパーのバラエティ豊富な缶詰コーナー

 

参考文献

Durand, A Mark, Haley L Casha and Zoe Durand (2022) Progress and strength of response against non-communicable diseases in the US-affiliated Pacific Island jurisdictions, 2010-2021. WPSAR Vol 13, No 1.

Palau Government (2017) Palau Hybrid Survey FINAL REPORT 2017 

Palau Ministry of Health and Human Services(2015) Republic of Palau Non-communicable Disease Prevention and Control Strategic Plan of Action.

IARC Working Group on the Evaluation of Carcinogenic Risks to Humans(2004) Betel-quid and areca-nut chewing and some areca-nut derived nitrosamines. IARC Monogr Eval Carcinog Risks Hum. 2004;85:1-334.