海域アジア・オセアニア研究
Maritime Asian and Pacific Studies
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くまぷすレポート「パラオにおけるベテルチューイングの変遷」(岡野美桜)

くまぷすレポート「パラオにおけるベテルチューイングの変遷」(岡野美桜)

2023.11.17

お知らせ日本語研究活動


パラオにおけるベテルチューイングの変遷

岡野美桜(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科)

キーワード:嗜好品利用、ベテルチューイング、たばこ、ビンロウ、健康観

 

要旨

 パラオではベテルチューイングという嗜好習慣が広くに親しまれている。本研究は、社会や個人の変化に着目して、資料収集やベテルチューイングをする人々への参与観察、聞き取り調査、ビンロウやキンマに関する植生調査をすることで、パラオにおけるベテルチューイングの変遷を明らかにし、そのあり方を問うものである。

 

背景と目的

 ベテルチューイングとは、ビンロウ(Areca catechu L.)の実(ベテルナッツ)と石灰をキンマ(Piper betel L.)の葉で包み咀嚼する習慣で、アジア・オセアニア地域に広く見られる嗜好品文化である。しかし、その高い口腔がんリスクや、咀嚼後に吐き出す赤い唾液の公衆衛生的な問題から、啓発活動や規制が行われている。パラオでは、古くからビンロウが栽培され、人々のコミュニケーションツールとしての役割を担うなどさまざまな場面で嗜まれてきた。しかし、近代以降はタバコをまぜるなど習慣の内容の変化や、外部機関主導の健康政策によるイメージの変化が人々の嗜好品選択にも影響を及ぼしている。本研究では、パラオにおいて、社会の変化と呼応して、ベテルチューイングがどのように存続してきたのかを明らかにする。これにより、現在のベテルチューイングの価値を見直し、グローバルな健康観とは異なる、より地域に即した包括的な健康政策の策定に資することを目指す。

 

調査結果の概要

 本調査では主に、社会や個人の変化とベテルチューイングの変遷について、資料収集や参与観察、聞き取り調査、植生調査を行った。

 資料収集については、パラオの保健省や教育省、宗教関係者、国立博物館を訪問し、ベテルチューイングの変化に関する情報を収集した。習慣の始まりや、タバコを加えるなどの内容の変化、また使用者の特性の変化など、ベテルチューイングの歴史に関する情報を得た。さらに、法整備や教育、そして宗教での扱われ方など、社会に関する変化を考察する資料を収集した。

 参与観察や聞き取り調査、植生調査のために、ガスパン州とアンガウル州でそれぞれ約2週間の調査を行った。特に、生産や出荷のペース、ベテルナッツやキンマの葉を介した人々のコミュニケーションなどについて観察した。生産したものは、家庭や州内で消費されることもあるが、都市部で販売されていることが分かった。また、その販売流通において、外国人労働者が関与している事例が多数確認できた。また、24時間の生活時間調査も行うことで、ベテルチューイング使用の実態に関する情報を得ることができた。聞き取り調査として、ガスパン州のある村において、主にベテルチューイングの利用歴についての村全員分のデータを収集した。さらに、グループダイナミクスの効果が期待できるフォーカスグループディスカッションという手法を併用した。1グループ6人を対象とし、事前に用意した5つの質問について行われた約50分間の議論を記録した。これらから、妊娠や移住といったライフイベントや各々の健康観が習慣に影響を及ぼしていることが分かった。ガスパン州ではビンロウについて、アンガウル州ではキンマについて、村の全世帯を対象に庭面積と個体数の測定などを行った。また、各世帯においてその利用や生産、流通に関しての聞き取りも行った。世帯ごとに特色があるものの、働き手が不足しており以前に比べて庭の管理をしきれないといった声が共通して聞かれた。

 

写真1:ベテルチューイングに必要なベテルナッツ、石灰、キンマの葉などが売店で売られている様子

 

写真2:先端にナイフがついた棒でキンマの葉を収穫する様子

 

写真3:ビンロウに登ってベテルナッツを収穫する様子

 

参考文献

野林厚志(2008). 「ビンロウ」高田公理/嗜好品文化研究会() 「嗜好品文化を学ぶ人のために」世界思想社 71-75

WHO Western Pacific Region(2012). Review of areca (betel) nut and tobacco use in the Pacific: a technical report