【レポート】「地域社会に息づく相互扶助慣行の現代的役割と意義:インドネシアにおける「ゴトン・ロヨン」に着目して」(奥田真由)
2023.3.2
日本語研究活動
地域社会に息づく相互扶助慣行の現代的役割と意義:インドネシアにおける「ゴトン・ロヨン」に着目して
奥田 真由(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科)
キーワード:相互扶助、ゴトン・ロヨン、婚姻儀礼、伝統料理、社会的ウェルビーイング
要旨
本研究は、インドネシアにおける伝統儀礼のなかで行われる相互扶助ゴトン・ロヨンの実態に着目し、人々の社会的ウェルビーイングへの貢献に迫るものである。調査はインドネシアジョグジャカルタ特別州近郊村でおこなった。とくにそこでの婚姻儀礼内の伝統料理の準備とふるまいにおけるゴトン・ロヨンに着目し、おもにゴトン・ロヨンに参加した地域住民への聞き取り調査をおこなった。それにより、婚姻儀礼内の共同労働への参加は、人々が他者との社会的繋がりを求めている側面があり、また社会的ウェルビーイングの維持、向上に作用するということが明らかとなった。
写真1:市場で購入された食材(2022年7月15日、筆者撮影)
背景と目的
インドネシアにおける婚姻儀礼には、現在でも伝統料理がふるまわれている。さらにそれら伝統料理は、ゴトン・ロヨンと呼ばれる慣習により準備される。ゴトン・ロヨンとはジャワ島農村部における古くからの村落慣習を指す言葉であり【1】、日本語では相互扶助と訳される。本研究ではジャワ島農村部における伝統儀礼や行事など人々の日常生活内のゴトン・ロヨンに着目した長期調査を行うことで、現代インドネシア地域社会においてゴトン・ロヨンがどのような役割や意義を担うものであるのかを明らかとすることを目指す。つまり、地域住民がゴトン・ロヨンと呼ばれる相互扶助行為を通して、地域社会のなかでいかに孤立化することなく繋がりを感じ得ているのか、さらにはそれがいかに地域住民の社会的ウェルビーイングに貢献しているのかを明らかとする。
調査結果の概要
調査はジョグジャカルタ特別州近郊のスレマン県カラサン郡S村にておこなわれた。ジョグジャカルタ特別州はインドネシア国内でも有数の観光都市として知られているが、郊外に出てみるとムラピ山をはじめとして豊かな自然がいまだ多く残されジャワ農村社会古来の景観は維持されている。S村は筆者が滞在していたジョグジャカルタ特別州中心部からは車で30分ほど、北東に位置する農村である。
2022年7月15日、新郎宅にて2日後の結婚式当日にふるまわれる伝統料理と参列者に配られる土産物の準備が朝早くから行われていた。筆者が到着した午前9時ごろにはすでに、約20~30人ほどの女性たちが集結していた。10代の女性から80代の女性まで、その年齢層は幅広く、また新郎や新婦との関係性も人それぞれであり、なかには遠い親類の近隣住民など直接面識はなくとも参加していた女性もいた。台所と臨時に設けられた仮の台所にてさまざまな伝統料理を大量に次々とつくり、それらを小分けに袋詰めし弁当箱に詰める作業がゴトン・ロヨンによって延々と行われていた。
写真2:仮説台所が屋外に設置される(2022年7月15日、筆者撮影)
その間、新郎や新郎家族と親交のある人々が大勢新郎宅を訪れたが、その際にふるまわれた料理も彼女たちの働きによって賄われるものであった。その日作業は午後6時まで行われ、約100余りの弁当箱に入れられた土産物ができあがった。彼女たちが帰宅するときには作られた料理の残りが渡されるのみで、金銭などのお礼が支払われることはなかった。彼女たちの話によると、みな新郎へのお祝いの気持ちと新郎家族への恩により参加したと答える一方、ゴトン・ロヨンのなかで親類や他の参加者との交流の楽しさがあるから来たと答えたものも多かった。彼女たちは伝統儀礼を通してゴトン・ロヨンに参加し社会的繋がりを感じ得ていた。つまりゴトン・ロヨンによる共同労働は、人々の社会的ウェルビーイングの維持、向上に寄与する要素であるといえる。
写真3:大量に用意された土産物の一部(2022年7月15日、筆者撮影)
参考文献
Koentjaraningrat.1974.
『Kebudayaan Mentalitas dan Pembangunan』.Jakarta:Gramedia.
調査場所
インドネシア・ジョグジャカルタ特別州・スレマン県・カラサン郡・S村