【レポート】「小値賀町住民の食生活:食材入手経路に着目して」(森千香代)
2023.3.2
日本語研究活動
小値賀町住民の食生活:食材入手経路に着目して
森千香代(東京大学医学部)
キーワード:買い物環境、お裾分け、自給栽培、地産地消、魚
要旨
長崎県小値賀町において、第三次産業に従事し、買い物により日々の食材のほとんどを入手している集団と、第一次産業に従事し、食材を自給、近隣の人々との交換によって入手する傾向にある集団がそれぞれどのような食生活、栄養摂取の特徴をもつのかを、実際の秤量や聞き取りによって調査した。
研究の背景と目的
長崎県小値賀町には、古くから農家と漁師がお互いの野菜や米と魚を交換し合う「トクドン制度」が存在した。これは離島という物資の入手が限られた環境において、バランスの取れた食事をとるための工夫であろう。現在、その制度は存続していない。代わりに、町内の中心部に食料品店や飲食店が立ち並び、人々は第一次産業に従事しなくても買い物によって食料を入手できるようになった。一方で、地元で採れた食材を頻繁に交換する人々は現在も存在する。特に、人口が60名ほどで、町内の中心部から離れた場所に位置する大島では、地域内の人間関係が密接であることからもその傾向が顕著である。買い物環境に恵まれない分、地域内の人々が互いに釣れた魚や農作物を「お裾分け」しあい、食材の過不足を補い合っているのだろう。離島では、今後人口減少によって自助、共助がより重視されるようになる可能性がある。そのような状況下においては、自給自足やお裾分けがますます重要な意味を持つと考えられる。
本研究では、このように現在でも自給や「お裾分け」によって非市場食品を摂取することが多い集団と、買い物によってほとんどの食材を市場から入手している集団の食生活を調べ、それぞれがどのような食材を用いているのか、摂取栄養素の過不足があるかを明らかにすることを目的とする。
調査結果の概要
買い物による食材の入手が多い小値賀町の中心部に勤務するオフィスワーク従事者、「お裾分け」が多い大島の自給的農家を対象として、直接秤量法を用いた1日の食事の記録ならびに聞き取り調査を行った。調査に参加したのはオフィスワーク従事者22名18世帯、大島の自給的農家9名6世帯であった。
オフィスワーク従事者は、職場付近に数軒あるスーパーマーケットから日々の食事に用いる食材の大部分を入手していた。菓子パンやレトルト食品などで食事を簡単に済ませる人も一定数存在し、調査対象者の半数が昼食時には惣菜店に弁当を注文していた。米は、夫婦世帯の大半、単身世帯の一部が知り合いや親戚の農家からお裾分けによって入手しており、ここには予想以上に地産地消の形態が反映されていた。一方、魚に関しては、知り合いの漁師にもらうことがある対象者も数名いたが、頻繁にもらう人はそこまで多くなかった。都市部のように魚が切り身で売られることが少ないため、捌く手間がかかることから、もらわない限りは魚を食べない人がほとんどであった。意識的に肉と魚をバランスよく食べるようにしている2世帯を除いて、ほとんどが週に一回から月に一回の頻度でしか魚を食べておらず、調査時に食卓に魚がのぼったのは2世帯のみであった。
大島では、お裾分けが頻繁にみられ、世帯間で使われる食材が類似していた。調査の範囲では、6世帯中4世帯の食卓に同一の漁師が配った魚(シビと呼ばれるマグロの幼魚や、ヤイトと呼ばれるカツオの一種)の刺身がのぼった。また、農作物を大規模に栽培する専業農家が、他の世帯で育てていない野菜を配ることもあり、調査期間中はブロッコリーがどの家にもお裾分けされていた。自給的農家はダイコンやホウレンソウ、タマネギなどを栽培しており、収穫した野菜を調理することも多かった。米は半分ほどの世帯が育てており、育てていない世帯にもお裾分けされていた。季節のものでない野菜や調味料、卵、肉などは買い物によって入手していたが、基本的には自給、お裾分けによって入手した食材をもとに献立が考えられることが多かった。調理済みの惣菜などは用いられておらず、味噌汁、白米、野菜、魚といった和食の献立が一般的であった。
日によって食べるものは異なることと、筆者が観察していたことがバイアスを招いた可能性があることからすると、記録した食事が必ずしも普段の様子を正確に反映しているとは限らない。しかし調査の範囲内では、異なった食材入手環境に置かれた2集団それぞれの、食における特徴の違いや工夫の様子を確認することができた。
写真1:小値賀島の中心部に勤務するオフィスワーカーが昼食に注文した弁当。手軽さから弁当を注文する人は少なくない。
写真2:ホウレンソウの収穫の様子。大島のほとんどの世帯が自分で食べる分の野菜を育てている。
写真3:大島の住民の食卓には島でとれた野菜や魚が並ぶ。魚、ブロッコリー、ミニトマトは近隣の住民からのお裾分け。
写真4:近所に住む漁師の方からのお裾分けの様子。釣れた魚を全て出荷するのではなく、島民に配る分を残している。