海域アジア・オセアニア研究
Maritime Asian and Pacific Studies
京都大学拠点

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【レポート】「長崎県小値賀町における社会関係と炎症の関連」(増田桃佳)

【レポート】「長崎県小値賀町における社会関係と炎症の関連」(増田桃佳)

2023.3.2

日本語研究活動


長崎県小値賀町における社会関係と炎症の関連

増田桃佳(東京大学大学院医学系研究科国際保健学専攻)

キーワード:

慢性炎症、社会関係、人とのつながり、お裾分け

 

要旨

 本研究の目的は、長崎県小値賀町において社会関係と炎症の関連を調べることである。小値賀町は、五島列島の北部に位置する小値賀島とその周辺の島々からなる。小値賀町のように高齢化が著しく医療資源が限られている離島地域において、高齢者の健康維持は重要な課題と考えられる。慢性炎症は年齢に伴って増加する多数の疾患に共通する原因として注目されている。町民の日常生活の観察から、小値賀町において社会関係が健康の重要な決定要因の一つではないかと考えた。そこで本調査は、小値賀町民を対象とし、炎症状態の評価のため濾紙血サンプルを採取し、社会関係に関する聞き取り調査を行なった。今後、社会関係と炎症の関連を解析する予定である。

 

背景と目的

 日本は世界で最も高齢化が進んでいる国の一つであり、高齢者の健康維持が課題となっている。近年、慢性炎症が年齢に伴って増加する様々な疾患に共通する基盤病態として着目されている。慢性炎症とは、弱い炎症が持続する状態のことで、世界の死因のうち半数以上は炎症に関連する疾患(2型糖尿病、がん、心血管疾患など)に由来することが報告されている。食生活、運動、ストレスなどが炎症の決定要因として挙げられる。

 小値賀町は、長崎県の五島列島北部の小値賀島とその周辺の島々を含む町である。人口の半数以上が高齢者であり、医療過疎が深刻なことから、高齢者の健康維持は重要な課題と考えられる。町民の日常生活の観察を通して、ほとんど全員が知り合いである小値賀町では社会関係(人とのつながり)が健康の重要な決定要因の一つではないかと感じた。そこで、本研究は長崎県小値賀町において社会関係と炎症の関連を調べることを目的とした。

 

写真1:「愛菜市」という朝市。買い物に来た町民同士でお喋りしていた。

 

調査結果の概要

 本調査は長崎県小値賀町に居住する40歳以上の男女162名を対象に行なった。

 炎症状態の評価のため、濾紙血サンプルの採取を行った。濾紙血サンプルからは炎症の指標である高感度C反応性蛋白(hs-CRP)濃度を測定する予定である。

 社会関係について調べるため、一人20分程度の聞き取り調査を行なった。質問項目は、町民の生活の観察を元に考えた。観察を通じて特に印象的だったのが、挨拶とお裾分けだ。離島の社会関係に対して、人と人とのつながりが強そうだという先入観を抱いていたが、小値賀で過ごしてみると、緩くて広いつながりも特徴的なのではないかと思った。小値賀ではすれ違う際にほとんどの人が互いに挨拶をし、「挨拶の島」と町民が言っていた。また、挨拶に止まらず、たまたま出会った町民同士で会話が発生する場面も多数あった。日常においてこのように多くの人と接点を持つことは、ストレスを軽減し、健康に良い影響があるかもしれないと考えた。そこで、聞き取り調査ではつながりの広さと深さに関する質問をした。お裾分けも小値賀の社会関係の特徴の一つだと感じた。都会で生活しているとお裾分けをもらうことはあまりないが、小値賀では町民が野菜や魚や手料理などの食べ物を交換している場面をたくさん目にした。お裾分けによって食卓が豊かになり、健康につながるかもしれないと考えた。そのため、聞き取り調査でお裾分けを貰う食品の種類、頻度、相手を聞いた。

 今後、聞き取り調査の結果とhs-CRP濃度の関連を解析する予定である。聞き取り調査を行なった印象としては、やはり緩くて広いつながりを好む参加者が多いと感じた。その理由として、狭い社会だからこそ、他者と適度な距離感を保つことが重要だと言う参加者が多かった。お裾分けに関しては、ほとんどの参加者が週に1回以上は食べ物を貰っており、特に野菜と魚は定期的に貰う人が多かった。

 

写真2:滞在中にお裾分けでいただいた食べ物。

 

参考文献

Furman, D., Campisi, J., Verdin, E. et al. Chronic inflammation in the etiology of disease across the life span. Nat Med 25, 1822–1832 (2019).